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2012年09月19日

江戸時代から灯をともし続けてきた新田義貞の塚

福井市民には「新田塚」と言われている新田義貞公の塚を、ご紹介いたします。

えー?新田義貞って鎌倉幕府と敵対した武将で、それがなんで江戸時代から祀ってあるの?と思われた方、鋭い。
この新田塚は江戸時代初期水田で、お百姓さんが兜を発掘しちゃった場所なのです。それを当時の福井藩の軍事学者が調べ「これは新田義貞公の遺品である」と。(この写真の場所あたりで討ち取られたらしいです。)それで君主の松平公が、この写真の形にしたわけです。

その兜自体は、福井市郷土歴史博物館の常設展に時々展示されています。
その兜の形が、結構ユニーク。(新田義貞公て、頭の形が随分変わっていたのねえ、、、というのが福刀自の正直な感想なり。)

このあたりは今でも新田塚1丁目とか2丁目とかの地名なのです。
そしてこうやって今も毎日、灯をともされ続けているのです。福井のモンは律儀(りちぎ)なのです、、、。

 




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