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2012年08月25日

志半ばで米国の露と消えた日下部太郎が、足羽川に向かってたたずんでいます。

幕末の福井藩士の息子、日下部太郎は藩命により、留学中だった長崎からアメリカにわたります。

福井藩からの仕送りでは生活は大変苦しく、しかし猛勉により大変成績は優秀だったそうです。

が、ラトガース大学を卒業前に26才で結核で亡くなりました。

ラトガース大学では彼の死を悼み、「大日本越前日下部太郎墓」という日本語表記のついた立派な墓碑まで建ててくださったそうです。しかも、大学の優秀な卒業生のみに渡される「金の鍵」が、アメリカで彼を教えた事のあるグリフィスという明治初期のお抱え外人教師によって、その後日下部太郎の父に渡されました。グリフィスの書いたものによると日下部の父は、息子の死を悲しんで母親は亡くなっていったとグリフィスに告げ、おし抱くように金の鍵をもらったとの事です。

現在、足羽川に向かって、日下部太郎とグリフィスの像が寄り添って建っています。


 




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