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2012年06月30日

岡倉天心の「茶の本」は明治時代に米国で広く読まれたとか。

明治時代、急激な西洋化の荒波の中で、福井藩士の子息、岡倉天心(おかくらてんしん)は、日本美術の再評価とその発展に大きく寄与した(教科書にも出てくる)人物です。ボストン美術館の東洋部長にもなりました。

という訳でこの写真は、福井市役所前の中央公園にある彼の銅像です。

福刀自は(大昔)高校生の時授業で、心の恋人(?)だったインド人の女流詩人の鎮魂歌を読んだことがあります。文語調に訳されていて、霧の松林の中、水仙の花を持って彼の墓に弔いにいく詩歌だったと記憶しています。

福刀自この銅像の横を通る時、その詩自体は覚えていないくせに、その詩を読んだときの、自分がまるで霧の中、恋人の墓にむかって花を持ってさまよっている気分(高校生でしたから~)が一瞬よみがえる事があります。

コトバの力って偉大、、、、、、、。

蛇足(だそく)ー福刀自の頭の中で詩歌が半分作られてしまっているかも、です。だってインドに松の木あるのかしら、、、。
 




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