スタッフブログ フクブクロ


2012年06月23日

安政の大獄の時、橋本左内は26才。

江戸末期、福井藩主松平春嶽(しゅんがく)公の命で京都で活動していた橋本左内(さない)という福井藩士をご存じでしょうか。大変秀才の誉高かった人で、ちなみに明治時代、左内の弟は陸軍軍医総監になっています。

安政の大獄で26才で命を落としました。

福刀自は福井郷土歴史博物館で、囚われた彼の実母への手紙を見たことがあります。
差し入れの衣や食べ物の数々へのひとつひとつへのお礼と、体をくれぐれも気を付けて下さいという、こまごまとした愛情のこもった文章で、読んでいて福刀自は涙がでそうになりました。

処刑される時、彼ははらはらと涙を流したと伝わっています。
毅然として雄々しいのも立派かもしれませんが、この自然の情を示した26才の青年にこそ、心動かされずにはいられません。

福井市では、市民によって今も左内を悼む式を毎年執り行っています。


 



 



 



 


2012年06月22日

福井が生んだ白川静という学者の「夢」のミステリアスな語源説をご存じですか?

福井出身の白川静(しらかわしずか)という孤高の漢文学者をご存じですか?

福井市の尋常小学校をでて上京し書生さんに。夜間中学を出て苦学のすえ最後は立命館大学の教授になられ、文化勲章もいただいた漢字研究の大家です。しかし帝国大学を出ていないという事で、学会では日の当たらない所を歩き続けたようです。

白川先生の説では「夢」という漢字は、夜、巫女がかける呪いというか言葉(または舞?)という意味から成り立っているという事です。(ちなみに古代、戦争に負けたほうの巫女は1番に処刑されたとか。ひえーっ。)

白川先生が学会で無視に近い扱いを受け続けたのは、こういった先生の説のユニークさにもあったようです。

同じ「生きる」なら夜、神のおつげを告げる巫女と舞うような人生を生きたいものですよね。(と、福刀自は若い頃は思いました。おほほ)

 



 


2012年06月22日

福井市中央卸売市場のめし屋さんは時代がかったたたずまいです。

この写真は福井市中央卸売市場のめし屋さんです。(正式な名ではありません。福刀自、勝手に命名。)

昨日午後1時頃に撮ったものです。

入り口の看板では刺身定食が800円。なんたって福井市民の胃袋といわれる中央卸売市場の中。新鮮でおいしいに違いないとは思うのですが、そっとのぞくと、そこはえらく時代がかった「男の世界」。

福刀自、入れません。(汗)
一度入ってみたい、食べてみたい、と思ってはいるのですが、、、。

行って召し上がる事がありましたら、是非当ホテルフロントにお教えくださいませね。

 



 


2012年06月18日

五箇条の御誓文の原文が福井県に飾ってある訳は?

この写真は、福井県立図書館に飾ってある、教科書に必ず出てくる「五箇条の御誓文」の草案です。

これを書いた由利公正(ユリコウセイと呼ぶ説とユリキミマサ説が。どだい、エラクなる前は三岡八郎という名前でしたし。)が、元福井藩士だったからです。東京府知事にもなりました。

この図書館にくる子供たち大人たちは、この大きな額の下の廊下を行き来しています。

100石の武士の長男として生まれた由利公正は賢夫人として誉れ高かった母親の元、農作業や馬の世話など家の仕事をとてもよく手伝ったそうです。

ふむ、福刀自、ここに息子たちを連れてこなくっちゃ。(家の仕事、手伝って欲しい~)


 




 


2012年06月17日

藤田美術館には特に古九谷に素晴らしいものが!

ふくい藤田美術館とはわがターミナルホテルフクイより徒歩20分程の所にある、個人が造られた美術館です。

隣接の藤田記念病院の初代院長の私蔵品が、そのまま美術館に。という訳で、その隣接する病院にも、本当に素晴らしい赤の古九谷が飾ってあります。(お庭も本当に見事です。)

福刀自はこの藤田美術館で岡倉天心の書簡を見た事があるのですが、松の絵が漫画風というかイラスト的に入っていて「あっ、可愛い~」と思ってしまいました。

こっそり人の蔵をのぞくような楽しみがある美術館です。

藤田美術館の場所はこれで。⇒http://www.mapion.co.jp/phonebook/M04003/18201/L18102020200000000006/ 
展示品についてはお電話でお確かめを。



 







 



 


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